未だ、固まっていない社会
10数年前は、土地を開墾して自分の土地だと広告して異議がなければ土地の所有権が持てたそうです。
とすれば、所有権の概念も未だ固まっていないのでしょう。工場の食堂のスプーンが、いつのまにか半減するのも自然なことかもしれません。他人の家の冷蔵庫を勝手にあけるのも悪意のないことなのでしょう。
とすれば、所有権の概念も未だ固まっていないのでしょう。工場の食堂のスプーンが、いつのまにか半減するのも自然なことかもしれません。他人の家の冷蔵庫を勝手にあけるのも悪意のないことなのでしょう。
自主性の問題について
某所のセミナーでタイ人の自主性の欠如は権限委譲の不足に起因するとの説がありましたが、我意を得たりとはいきません。
権限を委譲したくても出来ないというのが実感です。歴史がないのは同感です。寧ろ権限を委譲するために何をするかがポイントのように思われます。
考える力が不足しています。コアになる人材を丁寧に育てるより方法はありません。
一方で仕組み作りは日本人がやるしかない。日本人は三遊間のゴロをとるように訓練されています。これを日本人は自主性と解釈している訳です。
三遊間のゴロを如何に定義して、応用出来るような人材を作るかという問題です。
権限を委譲したくても出来ないというのが実感です。歴史がないのは同感です。寧ろ権限を委譲するために何をするかがポイントのように思われます。
考える力が不足しています。コアになる人材を丁寧に育てるより方法はありません。
一方で仕組み作りは日本人がやるしかない。日本人は三遊間のゴロをとるように訓練されています。これを日本人は自主性と解釈している訳です。
三遊間のゴロを如何に定義して、応用出来るような人材を作るかという問題です。

